八月初旬。紀州の空は、ひたすらに晴れました。
梅仕事のなかで、天日干しは最後の山場です。六月に漬け込んだ梅を、夏の陽にあてて仕上げていく。この工程を経て、梅はようやく「梅干し」になります。
陽が、強すぎた夏

三日三晩、と言われますが、実際は梅の状態と天気を見ながら決めます。
今年は、陽射しが強すぎました。
天日干しというくらいですから、晴れてくれるのはありがたいことです。
けれど、強ければ強いほどいいかというと、そうではありません。陽が強すぎると、梅は焼けてしまいます。
今年はそのままでは焼けてしまうほどで、遮光ネットを張って、陽の量を抑えました。
梅にとっての「ちょうどええ」は、思っているよりずっと狭いのです。
弱ければ乾かない。強すぎれば傷む。
その幅のなかに収めるために、天気を見ながら手を打つ。

朝から、仲間とスタッフとで、一枚ずつ梅を並べていきます。
並べ、返し、また並べる。
機械の入る余地は、どこにもありません。
一晩、夜露にあてる
干し上がった梅の表面には、塩の結晶が白く浮きます。
塩漬けにしていた梅から水分が抜けていくとき、塩が表面に出てきて、乾いて固まる。
うっすらと霜が降りたような、白い粒です。
この結晶が、厄介なのです。
糊のようになって、隣り合った実同士を貼りつけてしまいます。
そのまま無理に引き剝がせば、どうなるか。
梅の皮は、驚くほど薄い。指先に少し力が入っただけで、破れます。

皮が破れた梅干しは、見た目が悪いだけではありません。果肉が崩れ、汁が出て、日持ちにも関わってきます。
だから私たちは、干し終えた梅を、その日には触りません。
一晩、夜の露にあてます。
夜のあいだに空気が冷え、梅の表面にわずかな湿り気が乗る。
その湿り気が、固まった塩の結晶をやわらかく溶かしていきます。翌朝には、貼りついていた実が、自然と離れるようになっている。
待つだけです。
何かをするわけではありません。
ただ、夜が仕事をしてくれるのを待つ。
急ごうと思えば、この一晩は省けます。
乾いたその日のうちに剝がして、樽に詰めてしまえば、一日早く終わる。
その一日で、皮が破れます。
樽に納めて、ようやく
夜が明けると、樽詰めです。
離れやすくなった梅を、一つずつ手で外していきます。そして、ここで選り分けます。
見るのは、品質とサイズ。
傷んだもの、皮の破れたものを外し、粒の大きさを揃えていく。目で見て、手で触って、一つずつです。数をこなす作業ですが、機械に任せられる部分ではありません。
選り分けた梅を、樽へと静かに移していきます。
放り込めば、それだけで皮が破れる。並べるときと同じだけの丁寧さを、納めるまで切らせません。
蓋を閉めて、ようやく今年の梅仕事が一区切りです。
けれど、梅にとってはここからが本番かもしれません。
樽の中で寝かせるあいだに、塩と果肉がゆっくりと馴染んでいきます。
漬けたばかりの梅は、塩の角が立っている。それが、寝かせるうちに落ち着いて、味がまとまってくる。
この時間ばかりは、どれだけ手をかけても縮められません。 私たちにできるのは、良い状態で預けて、待つことだけです。
品質は上々。ただ、量がない
今年の梅の質は、近年で一番と言っていいほど良いものでした。
一昨年、去年と厳しい年が続きました。

不作で量が採れないところへ、雹が降って追い打ちをかけた。
数が少ないうえに、残った実にも傷がつく。
量と質を、同時に削られた二年でした。
その点、今年は雹の被害がほとんどありませんでした。皮も薄く、果肉もしっかり乗っている。作り手として、これ以上ないほど良い梅が上がってきたのです。
ただ、量がない。
四年続けての不作でした。
七月にお伝えしたときには紀南全体で平年の四割ほどと書きましたが、実際に蓋を開けてみると、私たちの周辺では二割から三割ほど。
見込みよりも、さらに少なかった。
だから今年の天日干しは、稀に見る速さで大方が終わりました。
良い梅ができた年に、その良い梅が少ない。作り手として、これほどもどかしい年もありませんでした。
農薬を使わない畑の梅も、樽の中に
もう一つ、今年ご報告したいことがあります。
農薬を使わずに育てた畑の梅も、今年は漬けることができました。
梅は、病害虫に弱い果樹です。
農薬を使わない畑では、実が傷つき、落ち、収穫まで残る数はぐんと減ります。正直に申し上げれば、割に合う仕事ではありません。
それでも続けているのは、1000年先も梅をかじってもらうために、この土地で何ができるのかを、自分たちの手で確かめておきたいからです。
量は、ごくわずかです。
それでも今年、漬けるところまで辿り着きました。
それでも、一粒ずつ

数が少ないなら、その一粒を、これまで以上に丁寧に仕上げるほかありません。
今年の梅は、間違いなく良い梅です。 それが樽の中で寝て、塩と馴染んで、皆さまの食卓に並ぶ。そこまでが、私たちの仕事です。
蓋を閉めた樽の中で、梅はこれから静かに落ち着いていきます。
この梅が、皆さまの食卓に届く日を楽しみにしています。

