梅の相棒、塩とのセッション
梅干しへの物語。
完熟の生梅を前に、手は静かに、心は少しだけ高鳴る。主役は梅と塩。あとは水と時間、それから少しの観察力。

明け方に収穫した完熟梅。
紀州南高梅は、樹上で完熟して自然落下した実を拾い集める(落果収穫)。
完熟なので、収穫後は間を置かず塩漬けへ。
樽の底に塩を薄く敷き、梅、塩、梅、塩
――と、雪の層みたいに重ねていく。

塩は“まぶす”ではなく“行き渡らせる”。
偏りは性格の偏り、あとで味のむらになる。
ここから塩の出番が本格的に始まる。
塩が梅から水を呼び、樽の底にゆっくり“梅酢”が上がってくる。
その色は薄い金色。日ごとに表情を変えていく。
ときどき、そっと樽を回してやると、塩が行き渡り、梅酢が均一にまわる。
慌てる必要はない。塩が時間をくれるから。
数日もすれば、梅は自分の中の角をひとつ、またひとつ手放しはじめる。
塩はただしょっぱいだけの存在じゃない。
実を守り、待てる環境を整えて、味わいの“下地”をつくる。
樽のふたを開けるたび、甘い香りが少しずつ深くなる。
そのなかで梅たちは、互いに寄り添いながら落ち着いていく。
塩は時間を連れてきて、時間が旨さを連れてくる。
梅酢がしっかり上がれば、次は天日に出る番。
太陽と風に挨拶して、また次の章が始まる。
塩が合図を出し、梅が応える。そのやり取りを静かに見守るのが、わたしたちの仕事。
今日も樽の中で、はじまりの音が小さく鳴っている。


