朝、目が覚めた瞬間、体にまとわりつくような重さを感じた。
睡眠3時間、腕も、足も、言うことを聞かない。
ふと時計を見る。
その瞬間、現実が突きつけられた。
「やばい、もう時間や……。」
慌てて身体を起こす。
ギシギシときしむ関節に鞭打つように、
昨日の疲労を引きずったまま、会場へ向かった。
まだ終わってない。
もう2日目が始まっている。
10時過ぎ。
朝の涼しさなんて、とうに消えていた。
陽が昇り、じっとりとした空気が肌にまとわりついてくる。
テントを開け、準備を進める。
ふと顔を上げると、もう客が並び始めていた。
「早っ……。」
そりゃそうだ。
フジロックの2日目は、中日ということでピークの時間が長い。
昨日の熱気そのままに、みんな全力で食事を求めてやってくる。
そして、始まった。
10時過ぎから夜の22時まで。
終わることのない、3、40メートルの長蛇の列。
レジに立つ。後ろを振り返る暇なんて、一秒もなかった。
打つ、打つ、打つ。
ひたすらオーダーをさばく。
「お待たせしました!」
「次の方!」
「梅鯛茶漬け、一丁!」
右手でレジを打ち、左手でお釣りを渡し、
同時に厨房に声を飛ばす。
まるで、機械になったような感覚だった。
思考は停止し、ただ身体だけが動き続ける。
「あと何時間?」
そんなことを考える余裕すらない。
それでも、ふとした瞬間、視界の小さな影が見えた。
10歳くらいの、ひとりぼっちの子どもが列に並んでいた。
人混みの中で揺れている。
なんだか、それがやけに印象的だった。
「すごいな……。」
あの子は、こんな行列の中、一人で立っている。
ようやく、その子の順番が来た。
「いらっしゃい!」
顔を上げたその子は、まっすぐ僕を見てにっこり笑った。
「梅鯛茶漬けください!」
小さな声じゃなかった。
しっかりとした声だった。
「ありがとう!おいしく食べてな!」
そう言って手渡した梅鯛茶漬けを、
その子はまるで宝物みたいに両手で抱えて、
人混みの中へ消えていった。
でも、それから3時間後。
また、あの子が列に並んでいた。
「え……また来てくれたん?」
「あのね、ここのが一番おいしかったから。」
その言葉に、胸の奥から何かがふわっと込み上げた。
ずっと重かった身体が、一瞬だけ軽くなった気がした。
「あかん、泣きそうや。」
心のどこかで、そう思った。
「ありがとうな!」
思わず頭を下げた。
その子は、また満足そうに笑って、
もう一杯の梅鯛茶漬けを抱えて帰っていった。
それから、リピーターが少しずつ増えていった。
「新しいね!こんな店待ってたよ!」
「梅干しって、こんなにうまいんだな!」
そんな声が、次々と届いた。
どこか夢の中にいるようだった。
疲労で朦朧としながら、それでも心だけは、少しずつ満たされていった。
「やってよかった……。」
気づけば、そう呟いていた。
でも、まだ2日目。
まだ終わりじゃない。
そして、このときは知らなかった。
最終日が、この3日間で一番特別な夜になることを。
